人生に必要なことは草や昆虫や?に教えられた

日々の「あれ!おや?」から、人生の指針を紡いできた観察日記です。

命を伝える天使

今週のお題「秋の歌」

 

私達は自然の変化や生き物たちの風情で、

季節の移り変わりを知ります。

小さな昆虫の鳴き声に、秋の到来を教えて

もらうこともあります。

たった一匹の小さな命に、救われる人間も

いるのかもしれません。

 

この童話は私が一番最初に創作した、思いで深い作品

です。
モチーフは実際に私が体験した事をヒントにしたもの

です。
一匹の小さな昆虫が、あの苦しい闇の中でもがく私に、
生きる力を与えてくれ、同時に童話創作という創造力

も与えてくれたのかもしれません。

その頃、会社では多くの問題を抱えていました。
責任者という立場の私は、まさに、神経戦の日々を送

っていました。
明日はどうなるか?全くわからない、暗中模索の手探

り状態だったのです。
夜もほとんど寝れない日々が続いていた夏のある日、
枕もとの壁から、「ちりりちりりちりり・・・」と、
小さな声が・・・?。
私はそっと起き上がると、壁に耳をあてました。
どこから、どのようにして壁に入る事が出来たのか、

本当に不思議でした。
後でわかった事ですが、その昆虫は、「かねたたき」

でした。
「チッチッチッチッチッ」と、こんな感じで鳴いてま

した。童話の方は、鈴虫の方が感じがいいので、鈴虫

で設定しました。そのかねたたきは、その後も、

秋~冬~春~と壁の中で鳴いていたのです。
つまり、一年を壁の中で生きていたのです。
もちろん鳴き声は、すこしずつ少なくなり、年超えの

夏には、三回ぐらいになってました。
そして、その秋、「チッチッチッ」から、やがて、
「チッ」・・・となり、
コスモスの咲く頃、鳴き声はいつのまにか消えていま

した。会社の方も全ての問題も解決して、明るい兆し

が見えていました。久しぶりの休日に、ベランダに出

た私は、かねたたきと人生を共にした日々の事を思っ

ていました。
部屋に戻ろうとしたしたその時、「あれ、これって?」

何と、ベランダの壁際に、一匹の昆虫が・・・そう、

あの、かねたたきだったのです。
(自分に力をくれるために来たんだな。あの、

かねたたきは。
不思議な事もあるもんだ。が、昆虫はワンシーズン

の命、そして、食べるものも無いあの壁の中でどのよ

うにして 命を永らえたんだろう・・・。)
寝転んでこんな事を考えている時に、自分の苦しい戦

いの事と相まって、突然物語りが浮かんできたのです。
私は飛び起きると、机に向かい、一気にペンを走らせ

ました。
こうして出来上がったのが、「勇気の共鳴」です。
「そうだ、これから童話を書こう」と、創作の人生が

スタートした一瞬でした。
今思えば、あの一匹の小さな小さな昆虫が、一人の人

間の人生を支えて、なおかつ、ライフワークという、
幸福な生き方を与えてくれたと思うと、いとおしい

温かな気持ちが湧いてくるのです。
人生、何が転機になるか、わからないものですね。

「ありがとう、君のお陰で僕はいる。大きな力をもら

ったね。忘れない、いつまでも、心の中にいつまでも、

君はいる」

 

  『勇気の共鳴』


「のこちゃん,今日も行かないの」

母は、起きる気配のないのり子の様子に、いらだって

言った。

(あの子は、もう一週間も!)、心配顔で部屋を開け

ると、のり子は布団の中。
 
「母さん,私、今日も行かない」と、一言いうと、

また布団にもぐりこんだ。
 
「しようのない子ね・・・」
母はあきらめ顔でのり子の部屋を出ていった。

「あれからもう一週間も、いつまであの子は」

一方、のり子は布団の中でしきりに考えていた。

「もう三日も~壁の中で鈴虫が、あんな暗いところで?
 水も,食べる物も無いのに?

夏にベランダにいた鈴虫かしら?」
 
この夏、ベランダで鳴いていた鈴虫のことは知って

いた。
どこからきたのか、毎夜、子守唄にして寝たものだ。

(同じ鈴虫なのかしら?もう相当弱っているのね)
のり子はむくっと起き上がると、壁にそっと耳を

あてた。壁の中から、チリリ~と、かすかな鳴き声が。

「もうとっくに帰ったと思ったのに、まだいたんだ。
もう一回しか鳴けないんだ。

夏はいっぱい鳴いていたのに」

のり子はこの鈴虫に、いとおしさをおぼえた。

置いてきぼりをくった鈴虫が、狭苦しい暗いところで
食べるものも無く、息き絶え絶えに・・・それでも、
友を呼ぶ命の叫びか、
己が定めの為に鳴くのか?。
今の苦しいのり子と、重なって、せまってくるのであ

った。壁をたたいてみようとしたが、ふとその手をと

めた。

(可愛そう、もうあそこから出られないのね!どうな

るんなろう?、死んでしまうのかしら・・・)

手を壁から離すと、そろりと布団にもぐりこんだ。
(鈴虫も頑張ってるんだ!、

きっと、きっと・・・大丈夫よ)
 
翌日は、雲一つない秋晴れとなった。
鈴虫のいたベランダには、コスモスがもうひとふんば

りと言わんばかりに、小さな花をつけていた。
 
「母さん、私、学校に行くわ」

台所で朝食の支度をしている母の背中へ、昨日までと

違う元気なのり子の声が届いた。

「のこちゃん、おはよ、あら!今日は早いのね」
母は嬉しそうに手を止めて、振り向いた。

「そう、母さんとっても嬉しいわ、お友達もきっと待

ってるわよ」
 
「母さん、あのね、私の部屋の壁の中に鈴虫がいてね」

と、のり子が言うと
「え!だってあの鈴虫は、とっくに帰ったんでしょう」

「母さん、違うの、あの鈴虫ね、迷ってしまいあの壁

の隙間に入ってしまったんだよ、きっと、そして、

あきらめていたけど私が一日中部屋にいるものだから、

きっと目を覚ましたのよ」
 
そして、心配そうに、

「母さん、あの鈴虫帰れるよね・・・」

 のり子の言葉に、母はやさしく言葉を返した。

「のり子がこんなに元気を貰ったんだから、
今日一日そっと静かにしといてあげれば、きっと帰っ

ていけるわよ」

 
「私いろいろ考えたんだ、あの鈴虫を起してあげて、
 そして、あの鈴虫は私に元気をくれたんだ、
 お互い与えあったんだね。私も鈴虫も、今日から外

に出るんだ」

 
母は、この何日かどんなに心配したことか、のり子の

手を取るとにっこりして、
 
「のこちゃん、鈴虫からもらった勇気を忘れずにね。
 じゃあ、いってらっしやい」

のり子はパンをほおばりながら、ドアーを開けると、
「わ~日本晴れだ。きもっちいい。いってきま~す」

その後、のり子はすっかり元気になり毎日学校に行っ

ていた。たまに、あの壁に耳をあてては、確認をしよ

うとしていた。
「死んでしまったのかしら、ううん、そうよ、きっと

家族の所に帰ったんだわ」
そう思うことで、自分を元気にしてくれた鈴虫から、
いつでも元気をもらっているような気持ちに、

なれたのである。そんなある晩秋の昼下がりであった。

母が、洗濯物を取り込もうと、ベランダに出た時

だった。落とした靴下を拾おうとした時、ベランダと

壁の間に小さな穴があいていたのだが、
その穴の下に、小さな虫の死骸があるのに気がついた。

「あら、これって!!きっと、壁から出たところで力

尽きたのね」

母は形骸となった鈴虫を、いたわるように手に取ると、
コスモスの根元に還してあげたのだった。

ベランダからのり子の部屋に入った母は、一言いうと
にっこりして壁に耳をあてた。

「鈴虫さん、ありがとうね」

その壁には、
のり子の描いた鈴虫の絵が、今にも飛び出そうと

していた。

                  終り。